入院日記のページ


2001.12.23 作成

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12/15(土) 立ち○○○

 *夢の中で、僕は看護学校の教員になっていた。生徒はみんな看護婦の卵たちだ。

  授業の途中、急に僕の腕時計のアラームがなりはじめた。生徒たちには携帯がなったと思われてからかわれてしまった。

  でもいくらアラームをとめようとしてもなりやまない。しまいに教室は大騒ぎになった。

  ・・・と、ここで目が覚めた。すると、昨日向かいのベッドになったK林さんの点滴台のアラームが鳴りっぱなしになっていたのだった。

 *今日から生活上も立ち上がっていいことになった。これでやっと夢の立ち○○○ができる。

  早速トイレに行った。3ヶ月ぶりの立ち○○○は、実に感動的だった。大きい方ももう一人でできるので、ナースコールは封印できる。

  尿器はもう使わなくなったので、夕方返却した。

 *Fさんの娘さんからメールが来た。

 「Fは期待と不安を胸に抱きつつ転院しましたが、病室に着いた途端に、へこんでしまったようです。

  というのは、まさかもう無いだろうと言われていた「手動ベッド」だったのです。

  寄り掛かって座るためには、壁まで体を寄せていかないと姿勢を保つのは難しそうです。

  昼食のメニューですが、カレーライス・春菊のお吸い物・わかめのぬたです。一体この取り合わせは誰が考えたのか・・・

  体温計は持参とのこと。さらに病棟内には、初老のおばさんが数人いて、配膳や廊下の掃除をしていました。

  以上のように、初日から「え、えーっとー?」の連続だったので、この環境に慣れるまでちょっと時間が必要そうです・・・。

  私達が帰宅する時、Fは叱られた子供のように窓の方を向いていましたが、

  背中からは「あーあ・・・(T_T)」という声が聞こえてくるようでした。」

  かわいそうに・・・。僕の転院先は大丈夫なんだろうか?

 *転院先の病院から異動してきたK子看護婦から、向こうのことを聞いた。

  自分と同期で岩手出身のかわいい I代看護婦がいるのでよろしくとのことだった。

  

12/16(日) 足あげ

 *今日気づいたのだが、あおむけに寝たまま、腹筋で足をあげることができるようになった。

  左足は楽にあがるが、右足はけっこうきつい。筋トレの成果がでたのでうれしかった。

 *鈴木夫妻と長男、近藤くんが来てくれた。これから横浜に行くのだという。

  来月1月25日の土星食の限界線が鈴木くんの自宅付近を通るというので、そこで観測するのだそうだ。

  それまでには退院して一緒に観測したいなぁ。

 

12/17(月) 歩行訓練

日の出

 *日の出をK沼くん(Fさんの出たあとに来た高校生)と見た。

  彼のベッドの位置からは見えなくて、なおかつ彼はまだベッドから動けない。

  そこで、僕がビデオカメラを持ってリアルタイムにTVに映して見せてあげた。

 *立てるようになったので、1階にある理髪店に行った。

  3ヶ月以上も切ってないために髪の毛がボサボサだったのだ。

  かなり切ってもらってスッキりした。2500円とは安いなぁ。

 *ついにお風呂も一人でゆっくり入れるようになった。

  車椅子の出し入れだけは、やってもらわねばならないが、あとは自由だ。時間を気にしなくていいのがうれしい。

 *再び小宮山さんが来てくれた。ちょうどうちの娘も来ていて、楽器店に勤めているという彼女から楽器を買うことになった。

  そこへ高2のK山くんも来て、運動会などの話をした。

 *リハビリは今日からついに歩行訓練だ。

  ただし、まだ片足に体重の3分の2である41kgまでしか荷重してはいけない。

  そのため、平行棒を使って体重の3分の1を逃がしながら片足ずつ歩を進めるというやりかただ。

  まず、2個の体重計をそれぞれの足の下に置き、平行棒につかまってそっと立つ。

  体重を左右に移動させて、片足ずつ41kgをさすようにしてみて、足にその感覚を覚えさせる。

  そして、覚えたら、いよいよ平行棒につかまりながらゆっくりと歩いてみた。

  別にどこも痛くなかった。ひさびさの歩く感覚は、新鮮なものだった。この分なら来週は歩けそうだ。

 


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