入院日記のページ


2001.11.22 作成

戻る


11/10(土) 質問責め

 *タオルはきれいになった。おかげで気持ちよく朝を迎えられてうれしい。

 *朝、車椅子に乗ろうとしたら、看護婦のM丸さんに、足をあげて手だけで移動して乗るように言われた。

  昨日の先生の話とちがうといっても、聞き入れてもらえなかった。そこまで戻らなければならないなんて・・・。

  昨日のショックが尾をひいていたためか、僕も冷静さを失ってしまい、「じゃあいいです!乗りません」と言ってしまった。

  M丸さん、困った顔をしてた。ごめんなさい。

 *担当医の I 先生が来て、X線写真を見せてくれた。たしかに2週間前よりわずかに恥骨が離れていた。

  ゆうべ眠れずに考え込んでしまったこともあり、質問責めにしてしまった。

  「どのくらい開いたんです?」「2mm程度でこのくらいなら再手術の必要はないですね」

  「どうやって開いてるんです?」「右から2本目のネジがゆるんでプレートがゆがんでるんでしょうね」

  「開いたままで安定するんですか?」「ええ。術後8〜10週間で安定するはずですから」

  「これまでこういう例はあるんですか?」「経験ないですね。恥骨結合の離開自体、10年やってる医師でも数例でしょう」

  などなど・・・。結局、むこう2週間は安静にして、リハビリは月曜から上半身の筋トレのみということになった。

  車椅子の確認をしたら、足はついてもよいが、できるだけ体重はかけないでとのことだった。

  

11/11(日) 炎症反応

 *朝、採血があった。Y看護婦、若いのにじょうずだ。

 *昼前に I 先生が来てくれた。

  「血液検査でやや炎症反応がでてますね。こわいのは感染症です。抗生物質をだしておきましょう。

   明日尿検査して、あとMRIもやらせてください」

  「来週のしし座流星群の外出許可はもらえますか?」

  「そうですねぇ、明日の尿検査、水曜のX線、金曜の採血を見てすべてOKならいいでしょう」

  どうやら今週は検査づけになりそうだ。なお、リハビリ専門病院への転院はしばらくの間保留することになった。

 *3年7組の親、体育の I 先生、卒業生の江尻くんが10分ずつ間をあけて来てくれた。あいかわらず見事なずれかただ。

  3年生の親は父母会があったらしく、みんなで決めてお見舞いに来ることになったのだそうだ。役員の方が代表で来られた。

  I 先生は試合の合間によってくださった。あいかわらず日曜も忙しそうだ。

  江尻くんはバイクに乗って来た。いい度胸だと言ったら、自分でもそう思うと言っていた。伊勢神宮のお守りをくれた。

  高速に乗らずにバイクで行って来たのだそうだ。ありがたい。

 *夕食はすき焼きだったが、やはり肉は豚だった。それでもすき焼きといえるのかなぁ・・・。

  

11/12(月) 痛みのレベル

 *少し痛みがやわらいだ。リハビリの筋トレをやめたので筋肉痛がなくなったためだろう。じっとしてれば痛みレベルは3だ。

  これまでは筋肉痛と炎症による痛みがまざっていてよくわからなかったが、これで炎症部分がはっきりしてきた。

  ところで痛みのレベルは10段階で表しているのだが、それについて考えてみたので別ページにまとめてみた。

  右をクリックすると見に行けます。  痛みのレベルについて

 *今日から新しい実習生KさんとTくんが来た。それぞれイチカワさんとFさんについた。

  Kさんは体格のいい明るいさっぱりした女の子、Tくんはやさしそうでおとなしい男の子。なんか男女が逆みたいだ。

 *となりのTさんが退院し、そのあとにSさんが一人部屋から移ってきた。

  動脈瘤が破裂して吐血し、12日間も昏睡状態だったそうだ。かなりつらそう。

  Tさんがいたときはみんな仲良くなって、カーテンもあけっぱなし状態で明るい部屋だった。

  Sさんもまきこんでいいのかどうかわからず、おそるおそるきいてみると快く開けてくださいと言ってくれた。

  実は明るい人みたいだが、声を出すのもつらくて大変そうだ。

 *今日から抗生剤を飲むことになった。担当看護婦のAさんは、「ばいきんをやっつけるお薬でーす」と言って持ってきた。

  そんな言い方は初めて聞いたので大笑いしてしまった。ここは小児科じゃないって。

  


戻る